ふむ...

やおういかんのぅ

空中を飛ぶゴキブリ

昔男ありけり。
名前は三太といって、生まれながらのウスノロ、兎に角何をするにも反応が鈍い、それで年がら年中ぼーっとしていて、仕事らしい仕事もせず、親のもとで暮らしていた。

初夏のころ、寝苦しくて夜中に起きたけれど、それじゃついでにと、厠へいった。戸を開けて電気を点けると、ぱっと明るくなったのはいいが、驚いたのは厠の床にいた4・5匹のゴキブリ。突然明かりに照らされて、まぶしくて、そこらじゅうをあわてて右往左往走り回った。

三太はそれを見て、ははぁ、ゴキブリめ、これは悪いことをしたね、せっかく眠っていたところを起こしてしまった、ごめん、ごめんと、足元を走り回るゴキブリに詫びを入れたり、踏みつけてしまわないように気をつけたりと、妙にこういうところはなかなか心がこまやかである。

さて、用をたして、水道の蛇口をひねったところで、また眠気が襲ってきた。流れる水に手を差し出したまま、急に欠伸がしたくなって、大きな口をあんぐり開けた。そのとき薄目で前を見たら、さっきのゴキブリが一匹、目の前を飛んだのが見えた。あれ、なんだ、このゴキブリめ、お前は飛ぶのか、などと一瞬考えたのだが、だからといって防備をすることまでは頭が回らなかった。それが三太の持ち前だ。大きく開いた三太の口の中へ、ゴキブリはそのまま飛んで入っていった。

がぁーとあわてて吐き出そうとしたが、全然手遅れだった。喉を通って食道に少しひかかりながらも、すとんと胃の中に落ちた様子。さすがの三太も、「でぇーーーー」と奇声を発したけれども、万事休す。

やれやれ、変なものを食ったよと、気持ちを収めて寝床に戻った。まぁ、たんぱく質ってなものにでもなってくれるとありがたいのだがなと、そんなことを考えながら、幸福なウスノロは再び眠りに落ちた。